働くことで”働かない時間”が減るという当たり前の話。

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なんて当たり前なタイトルなんだと自分でも思います。

生きるために働くのか、働くために生きるのか、という疑問はおそらく人によって答えも違いますし、一概に答えの出せる問題でもありません。

こんな当たり前のことでも、意外と意識から外れているのかもしれないと思い、文字に起こしてみて、ある種、問題提起のような形になればと思います。

ワークライフバランス

ワークライフバランスとはざっくり言ってしまえば、「仕事も生活も大切にしようね」ってことですよね。

日本人はよく”勤勉”だと言われますが(本当にそうかは置いといて)仕事で生活が圧迫されてしまわないように、生活も充実させようという考え方です。

ワークアズライフ

一方で、ワークアズライフという考え方もあります。これはまだあまり一般的な語としては広まっていないと思いますが、落合陽一氏の考えです。

Work as Lifeとはつまり、”生活としての仕事”という意味で、仕事も生活も境界線無く、生活をするかのように仕事をしていこう、ということです(だと思います)。

落合さんみたいに、働くだけの、ある意味修行のような人生を送ることが出来る人というのは、そう多くはないとは思いますが、それくらい仕事というものが、生活の大部分を占めるような人生を送っていこうということです。

働くとお金がもらえる

僕自身は、中学校くらいまでは(まだ社会というものを全然知らなかった時には)人間が働くのは”文明の発展のため”だと思っていました。

そういう考えはある意味では正しいのかもしれませんが、多くの人はそうは考えていないでしょう。「働くのは生活をするためである(お金を稼ぐためである)」というのが一般的な考え方だと思います。

働いたらその分だけお金がもらえます。当然のことですね。でも私たちはそれと同時に、「稼いだお金を使うための時間」を”失って”います。

働くことで生きる時間を失う

働いたらお金がもらえる。そのお金はそもそも生きるために稼いでたんですよね。

じゃあ生きるための時間を考えてみます。もちろんその中にはご飯を食べたり、寝たりと必要な時間もあれば、趣味に興じるような必ずしも必要でない時間もあります。

でもどちらにしても、それらの時間は働くことによって削られていきます。

仕事をする時間を秒単位で自由に決めることが出来て、それに応じて”秒給”のようなものもちゃんと支払われるものとして考えてみましょう。

そうすると、自分が生きるための時間とそれを実行するために必要なお金のバランスというのがどこかに必ず存在します。これはもちろん理想論でしかありませんが、意外とこの意識って抜け落ちていませんか?

このバランスを体現しているのは、社会人ではなく、意外と”大学生”だったりします。つまり大学生というのは、自分の必要な分だけ、アルバイトなどによってお金を稼ぐ。そのお金を(大半の人は貯金せずに)全て自分の生活に使い切る。この行為それ自体が、先程言ったような理想論を表していると言えます。

あとがき

今日書いたことに関しては、正直、これ以上の主張があるわけではありません。ただ、この至極当たり前な考えが、意外と抜け落ちているのではないかと思い、書いてみました。この記事の内容が、これからの皆さんの生活のちょっとした刺激になれば幸いです。

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