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メディアに内包される世界。

メディアやアートについて学ぶ(予定の)大学生がメディアやアートについて書いていきます。人工知能/AIとかにも言及していきたい。強迫性障害の経験あり。多分生涯治療中。

「森田療法」を読み終わって感じたこと【強迫性障害】

不安障害・強迫性障害 書評

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先日、岩井寛氏の「森田療法」という新書を読み終わりました。この本は岩井寛氏が、生前に口述筆記によって書かれたものです。森田療法というのは、強迫性障害その他の神経症に対する一つの精神療法で、精神科医森田正馬(まさたけ)によって提唱されました。

今回は、この本を読み終えて感じたことを書いてみたいと思います。僕自身完全に症状が落ち着いたとは言えないし、そのように言えるようになることはかなり難しいと思いますが、同じような症状で悩んでいる方の参考になれば幸いです。

森田療法の核となる考え

森田療法の核となる考え方は、「目的意識に基づいてあるがままを受け入れる」ということです。岩井氏は、神経症者の心の中には、不安や恐怖から逃れたいという思いと、人生を豊かに過ごしていきたいという思いが入り混じっていると考えています。森田療法ではそのような不安や恐怖が存在していることを受け入れそのままにして、その上で自分の目的意識に基づいた行動をとることを心がけます。

行動療法などでは、あえて自分を不安や恐怖の原因となるような事柄に対峙させて、その上でそれらの事柄はなんら支障のないことなんだと理解するという過程を踏みますが、森田療法ではそもそもそのような不安や恐怖を取り除こうとしません。そのような意味で、”あるがままを受け入れる”のです。

森田療法は苦しい

筆者は本の中で、不安や恐怖をそのままにしておくことは確かに苦しいことだと認めています。しかしその体験を重ねていくことで、だんだんとそのような苦しみも薄れていくと述べています。森田療法においては、そのような苦しみを乗り越える期間に必ずぶつかると言います。そのような意味で、森田療法は苦しいとも言えるかもしれません。

周囲の気遣い

神経症を自覚しているような人に対して、周囲の人たちの接し方は重要です。神経症というのは、普通の人も持っているような日常的な不安や恐怖が、過剰に増幅されたり、あるいは個人の(特に幼少期の)社会的環境などに大きく左右されて発症するもので、単なる(病的ではない)神経質の人との境界線を引くのが、周囲の人からすると難しい場合もあります。そのような場合には、周りの人から積極的に話を訊いてあげるというのも大事だと思います。

自分を責めずに淡々と過ごす

ここまで書いたことは主に本に書いてあることですが、以降は僕の個人的な思いも強くなります。神経症の人が日々を過ごしていく上で大切な考えというのは「淡々と過ごす」ことだと思います。なんで自分はこんなことができないんだろうとか責めることなく、また、神経症だからしょうがないんだと諦めの心を持つこともなく、ただ淡々と毎日やるべきこと・やりたいことをやっていくことが大切なんだと思います。そういう意味では、「一喜一憂しない」という表現に近いかもしれません。

病気を治そうと思わない

森田療法に大切な意思というのは、「病気(神経症)を治そう」という意思ではなく「豊かに生きよう」という人間の根源的な意思です。無理に治そうとするのではなく、日々を豊かに過ごすことを目指す過程の中で、自然と症状が改善していくんだと思います。

僕自身はおそらく、治ったと完全に言える時がくるとはあまり期待していません。むしろその症状があっても、淡々と生きていきたいし、そのように心がけようと思います。最後まで読んでくださってありがとうございました。同じような症状の皆さんに参考になれば幸いです。

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