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【タスク管理】天才の真似をしてもそれはただのモックリー

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私たちは生きていくなかで、様々なタスクを処理していく必要があります。大量の自己啓発本には、いかに効率よくタスクを処理するかで、その人生の幸福度が決まってしまうようなことが書いてあります。それは間違いです。見せかけの削減は、むしろ幸福度を奪っていきます。

天才は後天的に生まれる

天才とか所謂才能なんてものは、生まれた時にあるかないか決まっているというのがだいたいの主張だと思いますが、ここで言いたいのはそれとはちょっと違って、天才と呼ばれるような人、あるいはそのような集合体に対する「天才」という呼称それ自体は、それらの存在がある程度社会的に認められ、客観的に評価できるような状態になってから付けられる、ということです。つまり、生まれたてのスティーブ・ジョブズを天才と呼ぶ人はいないわけで、MacintoshiPhoneを作り、Apple社を世に知らしめたその存在としてのスティーブ・ジョブズを天才と呼ぶわけです。このような意味に於いて、天才は後天的に生まれると言えます。

「格言・名言」は天才の戯言

先に挙げたスティーブ・ジョブズもその他の天才と呼ばれる人たちも、数々の格言や名言を残し、後世に語り継がれることでしょう。また特にビジネスマンとして成功しているような人は、「タスク管理」に関してのティップスをつらつらと述べることがあります。ただこれは言ってしまえば単なる「戯言」であって、その言葉自体には、それほどの価値はありません。その言葉に表されるような方法論が、その人物とその人物の活躍した時期に特有の熱意によって重み付けされた時に、初めてその体系に価値が生み出されます。

人生の枠組みを真似てもそれはただのモックリー

上記したように、熱意によって重み付けされていない単なる枠組みのみの真似事、すなわち天才と呼ばれるような人たちのティップスを上っ面だけ取り入れたような生活は単なるモックリーに過ぎません。それは見せかけのものであり、万が一自分に合わないような枠組みを取り入れてしまった場合、それは徒労に終わるでしょう。

大切なのは熱意による重み付け

どんなにゴミクズみたいな枠組みでも、計り知れないほどの熱意によって重み付けされることで、それは無限大に発散するような強大なエネルギーを生み出します。それはどんな場面にも応用の効く最もラディカルな力です。これを持っていることを自覚できることが、一番カオスな状態を、一番エモいと感じることができる瞬間で、すべての個々人に当てはまる目標だと思います。目指すべきは、カオス状態に陥っていることを認めつつ、それをあらゆる方面に昇華できるような状態を保つことです。

結論

結局言いたかったことは、(どうせあんま意味ないから)天才の真似なんかしないで、自分の好きなように熱意を注ぎまくればいいということです。僕自身それをロールモデルとしてその状態を目指していきたいと思っています。

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