メディアアートは誰でも感じられるもの

皆さんはメディアアートというものを、どのように理解していますか?メディアアートという言葉は曖昧で、とても多義的に使われます。 Wikipediaではこんな感じ。

ニューメディアアートメディアアート(New media art, media art)は、20世紀中盤より広く知られるようになった、芸術表現に新しい技術的発明を利用する、もしくは新たな技術的発明によって生み出される芸術の総称的な用語である。特に、ビデオコンピュータ技術をはじめとする新技術に触発され生まれた美術であり、またこういった新技術の使用を積極的に志向する美術である。(引用元:メディアアート - Wikipedia

以下、僕なりに解釈して、皆さんにとってメディアアートがより身近なものになればと思います。

メディアアートは日々成長している

おそらくこの記事をご覧になっている方は、検索欄に、「メディアアート とは」とか「メディアアート 定義」とか、そんな風に入れて検索した方が多いのではと思います。あるいは、既にメディアアートという言葉には馴染みのある方も多いと思います。メディアアートという分野は、急速に成長しているといえます。

具体的にどんなもの?

たとえば、今や聞き馴染みのある言葉となったプロジェクションマッピング。色んなイベントで使われていて、見た目にもインパクトが有り、宣伝媒体としても、歩いている人の足を止めるのに効果的です。これも一つのメディアアートと捉えることができます。

アートは普遍的に存在している

アートはつまり芸術ですが、芸術と聞くと、そんなものは私には到底理解できないと、小難しいものを想像します。ただまず心に留めておいてほしいことは、アート(芸術)というものは、私たちの日常に溢れかえっている、ということです。先に例にあげた宣伝媒体としてのプロジェクションマッピングも、日常と境界のないところに存在しながら、それはアートでもあります。

アートは鑑賞者の中に感じられるもの

ここで僕が言いたいことは、メディアアートを含む全てのアートは感じるためにある、ということです。(感じるためとは少し曖昧ですね。僕の語感的には、楽しむためとか書きたかったんですけど、それだと悲観的なアートを否定するような意味合いを持ちそうなので、ここでは感じるためと書きました)つまり、アートがたとえ文脈的に難しいものであったとしても、その存在から何かしらの感覚を掴み取ることができれば、鑑賞者の態度としては合格点だということです。またここで、たとえつまらない(何も感じられない)ものだったとしても、その時は作品のせいにしてしまっていいと思います。笑「これのどこがアートなんだよ」と。

メディアアートの「メディア」とは?

少し話が全体包括的になってきたので、再びメディアアートに戻ります。この言葉を解析していくと、メディアとアート、ですね。メディアと聞くと、一般的にはテレビや新聞、ネットニュースなど、つまり ”マス”メディアを想像します。しかしここでのメディアとはそれとは違い、「中間物」まさに原義的に、私たち人間とそれ以外のものをつなげるもの、という意味です。おそらくこのあたりが、メディアアートという言葉を曖昧にする要因、それがゆえにニュースなどで使いづらい(意味が捉えにくい)言葉となっている要因です。(メディア=mediaとは、中間媒体=mediumの複数形でもあります)

じゃあその「メディア」とは?

これらには先にあげたテレビや新聞(紙)も含まれます。なぜ括弧書きで紙を付けたかというと、最近ではタブレット端末等でも新聞を読むことはできますよね。だから、より中間物を直接的に表すものとしては、紙そのものになります。他にはSNSなどのサービス形態自体も、同じように分類できます。メディアとは常に変容を遂げていくものですから、メディアという言葉自体が捉えにくいのも、まあしょうがないかなと思います。

あれもこれも感じ方によってはメディアアート

メディアは情報媒体には限りません。たとえば最近よく聞くVR(Virtual Reality)仮想現実ですね。これもメディアの一つです。ちなみにVR以外にも、AR(Augmented Reality)拡張現実MR(Mixed Reality)複合現実などがあり、ARはNintendo 3DSにも実装されていました。リビングのテーブルの上にマリオが現れるとか、そういうものですね。MRは最近Microsoft社からHololensという、持ち運び可能なウェアラブル端末が発売されました。(TwitterとかでHololensと検索すると、色んな開発者の実験的な映像が見れて面白いですよ)まあウェアラブルといえど、結構大きくて普段使いには向かなそうですし、まだ開発者向けの販売ということみたいです。一応誰でも買えますが、Amazonで44万円します。とても手が出せるようなものではありませんね。でも近い将来、これらがどんどん小さくなり、安価になって、僕たちでも気軽に使えるようになると思います。

メディアとメディアアートの今後は?

前述しましたが、メディアのこれからの課題であり、そしてまた必然的に進んでいく道としては、ざっくりいうと「ミニマイズ(Minimize)」です。つまり、最小化していくということですね。大きさ、質量、価格、様々な要素がミニマイズされていくことによって、メディアは私たちの生活により溶け込み、やがて私たちの肉眼では捉えられない、あるいは実体と区別がつかないものとなっていきます。このあたりは筑波大で助教をしていて、現代の魔法使いとも言われている落合陽一氏の著書「魔法の世紀」でも語られています。

メディアアートは誰でも感じられる

そしてこのような変化に伴って、メディアアートも当然変容していきます。またそれは必然的に、より専門的なものになっていくでしょう。なぜならば、様々なミニマイズのためには、科学的な知識が必要不可欠だからです。ただここでメディアアートというものを敬遠してしまうととてももったいないと思います。たしかに、メディアアートを掘り下げていくと、必ず科学的な問題にぶつかります。しかし、専門的な知識がなくても、私たちはメディアアートを感じることができます。それは昔から人々に愛されてきた様々なカルチャーのように、私たちの肌で感じられるものです。それを能動的に感じるかどうかは、もちろん他のものと同様に個人の自由です。(僕はゲームが好きですが、それを人に押し付けちゃいけませんよね。そういうことです)ただ、メディアアートとは、決して難しいものではなく、誰でも感じることができます。そしてそれをどのように咀嚼するかで、また新しい文化が個々人の中に、社会の中に生まれていきます。

少し難しい内容になってしまったかもしれませんが、要は「誰でも感じられるんだよ!」ってことです。もしメディアアートというものに興味が出たら、美術館とか展覧会とか行ってみてくださいね。自分の中に色んなものが湧いてきてとても面白い体験になると思います。また、TOKYO ART BEATという東京近郊の美術関連のイベント情報がまとまっているサイトがあるので、そこの「メディアアート」のリンクも貼っておきます。よかったら見てみてください。

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