コミュニケーション能力なんかなくてもいい【自己認識】

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コミュ障という言葉はすごい便利な言葉で、いろんな場面で予防線を張ることができます。「私コミュ障だから」と言ってしまえば、そんなにうまく会話が進まなくても、そんなに気を遣わなくて済むかもしれませんね。僕はそういうのは、ちょっと守り過ぎかなと思ってしまうんですが、ただ、こういう人より更に厄介な人がいます。それは自分のことを「コミュニケーション能力が高い」と思っている人です。

コミュニケーションはそんな簡単なものじゃない

場を和ませることができる人と、コミュニケーション能力が高い人は必ずしも同じではありません。コミュニケーションが上手な人というのは、自分の意見を正しく表現して相手に伝える能力があり、なおかつ相手の意見を正しく理解する能力のある人のことです。一方で場を和ませることができる人にはいくつかタイプが有り、その中には、天然さを持っていて自然と笑いが生まれるタイプの人などもいます。つまり、場を和ませることができるからと言って、会話が上手なわけではないかもしれません。しかし中には、自分がいると場が和んでいるから、会話している相手が笑顔でいてくれているから、そんな短絡的な理由で、自分はコミュニケーション能力のある人間なんだと勘違いしている人がいます。しかし当然ながら、多種多様な人種・人格、その他文化などがある中で、コミュニケーションというのはそんなに簡単なことではないと思います。

身の程を知ることが大切

先に書いたように、一番厄介なのは、自分のことをコミュニケーションが上手だと勘違いしている人です。まず大前提として、コミュニケーションが上手いか下手かを判断するのは周りの人たちですから、自分自身で判断している時点で、自分のことを客観的に見ることができていないと思います。たとえばあなたと会話している相手が笑っているのは、あなたの会話が面白いからではなく、あなたの顔にご飯粒がついているからかもしれませんし、単なる愛想笑いかもしれません。大切なのは自分の身の程を知ることです。他人から、「あなたの話は面白い」と言われたのなら、それは素直に受け取って、自分の胸の中にしまっておきましょう。しかしそんな経験もないのに、自分は会話が上手だとか、そんな風には思わないほうがいいと思います。あなたは気づかないうちに、場の雰囲気を乱しているかもしれません

空気は読まなくていい

ただし、場を乱すのが悪いということではありません。大切なのは、自分は今、場を乱しているのかどうか、またそれは自分の望むところなのかをしっかりと把握することです。当然空気を読んでいるだけの会話ではつまらなくて居心地が悪いと思います。ですから、場を乱すにしても、自分がしっかりと伝えたい場面とか、意図的に壊して面白くしたい場面とか、狙いを持って会話を進めていくことが大切です。まあほんとに自由人の人なんかは、自分の言いたいこといつでもどこでも言いたい放題なんてこともあるかもしれませんが、あまりやりすぎると嫌われるので。嫌われても構わない、それくらいの度胸がある人だけにしておきましょうね。僕は小心者なので無理ですね。ただ、無意識に周囲の空気を乱すのだけはやめましょう。それは空気を読んで自制するということではなく、自分が発言する内容を見定めていくということです

まとめ

ほとんどの人が、複数のコミュニティに所属していて、それによって立場を使い分けなきゃいけないと思うので、それに応じて、発言する内容やコミュニケーションのとり方も考えるべきです。

 

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