創造的な発想のためには学際的な思考が必要になるという話

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僕は大学でメディアやアートについて勉強しているんですが、自分で何かしら作品を作ろうとした時に、その作品に関係する物事の背景を知っているかどうかで、その作品の持つ”深み”のようなものが変わってくると思います。

というわけで、美術史について勉強しようと思ったんですが、「歴史わかんなすぎ」という事態に陥りました。中高生の時に(なんなら小学校でも)歴史の授業をまともに受けてなかったので、全然わからないんですよね。

今回は”学際性”に焦点を当てて、歴史を真面目に勉強してみようという(自分に向けた)自己啓発的なお話です。

学際性とは?

学際性とは「一つの学問分野にとらわれず、学問横断的に物事を考える」ということです。ではなぜそのような考え方が必要なのでしょうか?

ここで、あくまでも個人的な考え方ですが、ざっくり言ってしまえば、「文系学問は後ろを振り返る学問、理系学問は前に進む学問」であると思います。

これらはどちらも、双方に作用しあって、私たちの生活をより充実したものにするために必要な思考活動です。

つまり、前に進むだけでは、必ずどこかで壁にぶつかる、その時に後ろを振り返ってみることで何かヒントがあるかもしれない。しかし後ろを振り返っているだけでは、当然前に進むことはできない。前に進むためには何か新しいものを考えていかなければならない。このように二つの大きな分野枠というのは、どちらも必要不可欠なものです。

では学際性に戻って考えてみましょう。

たとえば、ヒトクローンについて考えてみます。生物学のプロフェッショナルと倫理学のプロフェッショナルが話し合いをする。仮にこの二人が、お互い相手の専門とする学問について全く何の知見もなければ、おそらくこの議論というのは成り立たないでしょう。

つまり、プロフェッショナルとはいかないまでも、お互いに”学際的な思考”を持つ必要があるんです。生物学者であっても、人間の生命倫理についての考えを持っている必要がある。倫理学者であっても、ある程度は、ヒトクローンに関する技術開発について把握している必要がある。このように学際性とは”学際的な問題”を議論し、解決するために必要なものなんです。

文系も理系も関係ない

以上の話を理解していただければお分かりだとは思いますが、現代において、文系と理系という分け方は、教育の体系化以外には、実用的な意味はほとんどありません。

文系の知識だけでは、あるいは理系の知識だけでは解決できないような問題が、現在私たちの周りにはたくさんあります。そしてそのような問題に立ち向かう際に、各分野のプロフェッショナルが話し合うのももちろん大事ですが、それを取り巻く、司会者のような役割としても、学際性のある人というのはとても重宝されると思います。

僕が歴史を勉強する理由

これは個人的な話になりますが、僕は基本的には”理系っぽい”人間です。

まだ大学生ですし、将来的にどのような進路に進むかはまったく検討もつきませんが、一応今までのところは、理系の学問を好んで勉強してきたと思っています。

ところで僕は歴史が大嫌いです。無論、最近では歴史を勉強する機会もないので、好きか嫌いかもあまり実感できませんが、あまり好きな方ではないと思います。

ですが僕は”美術史”を勉強したいと思い始めました。メディアやアートについて勉強していて、何か自分で作品を作ろうと思った時に、背景知識というのは作品のクオリティに直結しますから、美術史を勉強するのはとても有益なことだと思います。

ところが美術史を勉強しようとしても、今までも基本的な歴史の知識が全く抜け落ちているので、美術史についても上手く飲み込めないなと思ってしまったんですね。だから僕は「一から歴史をやり直そう!」と思ったんです。

まとめ

学際的な考え方というのは問題解決だけでなく、芸術表現における”問題提起”においても、かなり有効な手段だと思います。

また歴史については、いい本があったりしたらそれもまた追々ブログに書いていければと思います。

以上、授業中の教室から書いてみました。(眠くなって寝ちゃうくらいなら、後ろの方の席でブログを書いてみた)

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働くことで”働かない時間”が減るという当たり前の話。

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なんて当たり前なタイトルなんだと自分でも思います。

生きるために働くのか、働くために生きるのか、という疑問はおそらく人によって答えも違いますし、一概に答えの出せる問題でもありません。

こんな当たり前のことでも、意外と意識から外れているのかもしれないと思い、文字に起こしてみて、ある種、問題提起のような形になればと思います。

ワークライフバランス

ワークライフバランスとはざっくり言ってしまえば、「仕事も生活も大切にしようね」ってことですよね。

日本人はよく”勤勉”だと言われますが(本当にそうかは置いといて)仕事で生活が圧迫されてしまわないように、生活も充実させようという考え方です。

ワークアズライフ

一方で、ワークアズライフという考え方もあります。これはまだあまり一般的な語としては広まっていないと思いますが、落合陽一氏の考えです。

Work as Lifeとはつまり、”生活としての仕事”という意味で、仕事も生活も境界線無く、生活をするかのように仕事をしていこう、ということです(だと思います)。

落合さんみたいに、働くだけの、ある意味修行のような人生を送ることが出来る人というのは、そう多くはないとは思いますが、それくらい仕事というものが、生活の大部分を占めるような人生を送っていこうということです。

働くとお金がもらえる

僕自身は、中学校くらいまでは(まだ社会というものを全然知らなかった時には)人間が働くのは”文明の発展のため”だと思っていました。

そういう考えはある意味では正しいのかもしれませんが、多くの人はそうは考えていないでしょう。「働くのは生活をするためである(お金を稼ぐためである)」というのが一般的な考え方だと思います。

働いたらその分だけお金がもらえます。当然のことですね。でも私たちはそれと同時に、「稼いだお金を使うための時間」を”失って”います。

働くことで生きる時間を失う

働いたらお金がもらえる。そのお金はそもそも生きるために稼いでたんですよね。

じゃあ生きるための時間を考えてみます。もちろんその中にはご飯を食べたり、寝たりと必要な時間もあれば、趣味に興じるような必ずしも必要でない時間もあります。

でもどちらにしても、それらの時間は働くことによって削られていきます。

仕事をする時間を秒単位で自由に決めることが出来て、それに応じて”秒給”のようなものもちゃんと支払われるものとして考えてみましょう。

そうすると、自分が生きるための時間とそれを実行するために必要なお金のバランスというのがどこかに必ず存在します。これはもちろん理想論でしかありませんが、意外とこの意識って抜け落ちていませんか?

このバランスを体現しているのは、社会人ではなく、意外と”大学生”だったりします。つまり大学生というのは、自分の必要な分だけ、アルバイトなどによってお金を稼ぐ。そのお金を(大半の人は貯金せずに)全て自分の生活に使い切る。この行為それ自体が、先程言ったような理想論を表していると言えます。

あとがき

今日書いたことに関しては、正直、これ以上の主張があるわけではありません。ただ、この至極当たり前な考えが、意外と抜け落ちているのではないかと思い、書いてみました。この記事の内容が、これからの皆さんの生活のちょっとした刺激になれば幸いです。

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考えるだけで文字が入力できる?Facebookが開発中らしい

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先日、こんな記事を目にしました。

http://jp.techcrunch.com/2017/04/20/20170419facebook-brain-interface/

どうやら、あのFacobookが「頭で考えるだけで、文字を入力することができる機能(デバイス)」を開発中らしいんです。

僕としては「いや、ついに来たか」という感じなんですが、一体どんなものなのか、ざっくりと紹介してみます。

脳の信号を読み取る方法

現在、脳科学などの分野で活用されている方法を大きく2つに分けると、「侵襲的方法」「非侵襲的方法」があります。

侵襲的方法とは、電極を脳に直接埋め込んで、脳の活動を測定する方法です。僕らのような素人が聞いても「え、なんかヤバそう」って感じですよね。

そうなんです。比較的精度が高い測定方法なので、動物実験などでは使われることが多いですが、人間に対しては、やはり倫理的な観点などから、あまり使われることはありません。

一方で、非侵襲的方法というのは、fMRIfunctional magnetic resonance imagingと呼ばれる装置を使って、外側から脳の活動を測定する方法です。

これは侵襲的方法に比べると精度は落ちますが、脳にダメージを与えないので、人間の脳を調べるための方法としてよく使われています。

現在Facabookが開発しているものは、非侵襲的に(頭に装置を取り付けたりして)信号を読み取るものだそうです。

考えるだけで文字が打てる?

上記した記事によると、考えるだけで文字が入力できる技術を使えば、今までのおよそ5倍のスピードで入力出来るようになるそうです。(100単語毎分くらいらしい)

おそらくこのスピードというのは、英語を基本に計算されていますが、単純に考えると、文字を読むのと同じくらいのスピードで文字が”打てる”ようになるんです。

これって結構すごいことです。

まず、言語の一番根幹的な部分は”しゃべる”ことでした。まず書き取る以前に、音声ベースのコミュニケーションが生まれました。

そしてそれらを記録として残していくために、文字体系が考案されました。

わたしたちは現在コンピュータを使って、この両方のプロセスでコミュニケーションをしていますよね。たとえばLINEにはメッセージ機能と電話機能の両方がついていて、文字で会話することも出来るし、音声で会話することも出来ます。

しかし、文字ベースのコミュニケーションの速度がコンピュータによって高速化されれば、わたしたちは”しゃべる”必要がなくなるかもしれません。

たとえば声をだすことが難しいような場面でも、頭のなかで”念じる”だけで、誰かにメッセージを伝えることができます。

電車やバスの中で電話をするのはマナー違反ですが、電話をしなくても、それに近い高速なやり取りが可能になるかもしれません。

なぜFacebook

研究職と呼ばれるような人たちは、主に3つの場所に所属していると考えられます。「教育機関・研究所・企業」のどれかです。

当然ですがFacebookは企業に当たりますね。Facebookだけでなく、有名なアメリカの企業だと、AppleAmazonなんかも、テクノロジーの分野における研究者の、雇用機会の拡大・促進をしています。

企業の研究というのは、必ずしも自社製品に落とし込むものだけではなく、公的に、将来的に役に立つような技術を開発していることもあるんですね。

まとめ

途中でも少し書きましたが、この技術が実用化されれば、皆が無言になりながら、突然笑いだしたり泣き出したり、あるいは怒り出したり、文化的な面で結構シュールな場面が想像できます。

でも実際その時代が来れば、今わたしたちが、スマホで必死に文字をフリック入力していたり、パソコンでタイピングをしている時代が古く感じるんでしょうね。

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洋楽好きな人ってどんな人?イタイとか言われる?

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A:「はじめまして、◯◯です。」

B:「趣味とかありますか?」

A:「音楽聴くのが好きです」

B:「どんな音楽聴きますか?」

という何万回も使われてるテンプレート。「意外とそんなジャンルの曲聴くんだ」とかギャップがあって面白かったり、そのジャンルを知っていても知らなくても何かと話を広げやすい切り口だと思います。

で、僕が個人的に思う、「これを好きだととっつきにくいと思われる二大ジャンル」が、“日本の若手バンド”“洋楽全般”な気がします。

特に洋楽って、好きじゃない人にとっては、何が良いのかわからなかったりします。「歌詞の意味わかってんの?」みたいな。

僕自身は洋楽も結構好きなので、洋楽好きを代表して、洋楽好きの心理みたいなものを書かせてください。

これを読めば、「ああ、そういうことなのか」ってなったり。ならなかったり

曲調が好き

少し音楽理論的な話になりますが、曲にはコード進行というものがあって、これが曲の雰囲気を支配します。「明るい曲」「暗い曲」に限らず、「ドラマチックな曲」なんていう括りも、大体はこのコード進行によって生み出されます。

で、そのコード進行にもいわゆる「東洋進行」「西洋進行」があります。(他にもたくさんあると思いますが今回は省きます)

J-POPと言われるような曲は、多くが東洋進行の部類に入ります。直近の流行りだと、星野源の「恋」なんかも東洋的と言われます。

ものすごくざっくり言ってしまえば、東洋進行と西洋進行の違いは、コード進行の複雑さです。

西洋進行は基本的にはトライコードと呼ばれる三和音のコード、あるいはセブンスコードなど、比較的簡単なコードで組まれています。

シンプルなコード進行とは、悪く言えば単調で、良く言えば力強さがあります。

曲の展開がとてもわかりやすいので、それだけ一つ一つのコード同士に強い結び付きがあるんです。これが曲の力強さに繋がります。

洋楽好きの人の心理の一つに、このような力強さを求める心理があると思います。

日本の曲の様に、良い意味でゴチャゴチャしているものよりも、よりシンプルで力強いものが良い。そういった気持ちがあると思います。

歌詞がわからないからこそ良い

帰国子女でもない限りは、私たち日本人にとって、洋楽(ここでは英語とします)というのは”外国語”で語られているものです。

言語というのは一般的に、イメージを共有するための道具ですから、どれだけその言語に親しみがあるかで、同じ単語でも受け取り方が違ってきます。

私たち日本人は当然日本の曲の歌詞の意味は、大抵のものは理解できます。そして単に理解するだけでなく、共感し、それについて深く考え込むこともできます。

これはメリットもデメリットも含んでいて、共感しやすいんだけれど、曲のもつニュアンスを余計に歪曲してしまう可能性も孕んでいます。

しかしこれが洋楽だとどうでしょう。私たちは洋楽で使われる言語に対して親しみがありません。その言語圏・文化圏に“根ざしていない”生活をしてきました。

つまり私たちは洋楽のもつ意味を“ふわっ”としか捉えられません。もちろん意味解釈を厳密にすれば、日本語に訳して理解することはできますが、それも極めて日本的な解釈に過ぎません。

洋楽好きな人は、この“ふわっ”とした感覚を楽しんでいるとも思います。

「私はちゃんと訳して、意味も理解できてるよ!」って人がいたらすみません。

もちろんその様な楽しみ方もあります。ですが洋楽好きのうちの大半の人は、なんとなくでしか理解できないからこそ、そこに日本の曲とは違う楽しみを求めていると思います。

まとめ

少しでも洋楽好きの人の心理を理解していただけたでしょうか?「アメリカかぶれ」だとか「海外至上主義」だとか「イタイ」だとか言われがちな種族ですが、そこをどうにか理解してあげると、案外素直な人で付き合いやすいかもしれませんよ。

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とりあえず無料でブログを始めたい!おすすめの方法は?

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大学生がバイト以外で稼ぐなら…真っ先にブログをおすすめします。

もちろん大学生じゃなくても社会人とかでも構いませんよ。でも大学生は社会人よりも時間があるのでやりやすいんじゃないかな。

収益化とかしたいんだけど、まずは無料で(ノーリスクで)始めたいですよね。

おすすめのブログサービスは「はてなブログ」です。

このブログもはてなブログで書かれています。じゃあなんではてなブログなのって話なんですけど、先にはてなブログ以外のブログサービスはなんでおすすめしないかについてちゃちゃっと書きます。

WordPress

多くのブロガー(ブログでお金をもらっている人)は最終的にはこの「WordPress」というサービスを使っています。なんでかっていうと、WordPressは企業に依存する部分が他に比べて圧倒的に少ないから、いろんなことを自由にできるんです。

WordPressっていうのはブログを簡単に書けるサービスを表すんですけど、サーバー(ブログをインターネット上に設置する際の土地のようなもの)は自分で借りますし、ドメイン(インターネット上の住所)も自分で取得します。

書いてはいけないブログの規定(アダルト系など)もありませんから、ブログの内容もなんでもありなんです。

でも上記したようにサーバーとドメインを取得するのに初期投資がかかりますから今回の趣旨には向いていないですね。

アメブロ

ブログって聞いたら「アメブロ」を想像する人は多いと思います。有名人(最近だと小林麻央さんとか)が使っている印象が強いですね。

でも実はアメブロって、収益化してはいけないことになっているんです。

ブロガー界隈ではアメブロを収益化するべきではないという認識がありますので、やめておくのが賢明でしょう。

ちなみに有名人はアメーバから直接お金もらってるみたい…まあアメブロの宣伝になるからね。(月300万とも言われてる…)

はてなブログではじめるメリット

収益化のためのツールが整っている

たとえばこの画像は記事編集の画面なんですけど、

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Amazon楽天のマークがありますよね。これって何かって言うと、自分が記事の中で紹介した商品のアフィリエイトリンク(そこを経由して購入されると自分に収益が入る)を簡単に貼れるんです。

つまりはてな側が公式にアフィリエイトを推奨しているってことなんです。

こんな感じではてなブログアフィリエイトに関して高待遇ですからおすすめなんです。

情報網がいっぱいある

既にはてなブログを使って収益を得ている人がいっぱいいるわけですから、その先人たちの情報を使わない手はないですよね。はてなブログに関する情報は検索すれば大量に出てきます。ですから初めての方でも調べながら楽しく続けていくことができると思います。

あとからProにアップグレードできる

実は無料版で扱えるアフィリエイトで有名どころはAmazon楽天(その他アフィリサービス)なんです。一番有名なGoogleAdsは有料版にしないと使えないんですね。有料版じゃないといけないというよりは、独自ドメインが必要なんです。

はてなブログの場合、無料版のブログには.comの前に”hatenablog”というのが入っています。これがあると、GoogleAdsの審査ではじかれてしまうんです。

でもはてなブログは最初は無料版で始めてみて、アクセス数が上がったら有料版にしてGoogleAdsをつけるっていうことができるんです。まさに初期投資ゼロでブログを始めたい人にはおすすめです。

はてなブックマークという機能

これはすなわちお気に入りの記事をブックマークできるっていう機能なんですけど、一つの記事に3ブックマーク以上付くと、はてなブックマークのランキングに入ります(と言われている)。で、そうするとここから自分のブログに訪れてくる人が増えるきっかけになって、アクセス数アップに繋がるんです。

つまりこのはてなブックマークを有効に使って、自分のブログを広めるきっかけが既にはてな側で用意されているということなんです。

実際にブックマーク数はそのブログの人気度の一つの指標でもあります。

はてなブログのデメリット

もちろんはてなブログでやることには”デメリット”もあります。

はてなが倒産したら…

もし運営元が倒産してしまったら、もちろん個人のブログもすべて終了してしまいます(と思われます)。もしブログだけで生活しているひとは、一気に無職になっちゃいますね。こういうところも、有名ブロガーがWordPressを使う理由になっています。

デザインの自由度が(比較的)低い

これはWordPressと比較するとどうしてもデザインの自由度が低いですね。はてなブログにもWordPressにもデザインショップのようなものがあって、そこで好きなテーマ(もちろん無料もある)を選ぶことができるんですけど、やっぱりWordPressには敵わないかな…

でも相当トリッキーなことがやりたいわけじゃなければ、はてなブログでも全然事足りると個人的には思っています。

まとめ

最後にちょこっとデメリットを書きましたが、それでもやっぱりお金のない大学生にとって、無料で始めるということは精神的にもとても重要なことだと思います。

まずは自分の好きな内容からちょっとずつ始めてみると、意外と面白いですよ。

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チームラボの作品から感じた”境界線”に関するおはなし。

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チームラボというアーティストグループがあります。

主にデジタルアートを中心とした、空間インスタレーション作品や、映像作品など、数多くの美術作品を作っています。

今回は、チームラボのとある作品に対して、僕が実生活の中で感じたことについて書きます。

境界線の偶然性

チームラボの作品の一つに「境界のない群蝶」というものがあります。

https://www.teamlab.art/jp/w/butterflies/

  • 蝶々がコンピュータによってリアルタイムに描画される。
  • 蝶々は私たちのアクションに対して、リアクションをする。
  • 蝶々は周囲に展示されている別の作品にも自由に行き来する。

僕が面白いなと思ったのは3つ目です。「他の作品にも往来する」というのは、近代までの絵画などでは勿論、現代美術においても、あまり馴染みのない試みだと思います。

「作品同士の境界線は如何にして成立しているか?」という問いを投げかけています。

絵画であればそれは”額縁”の役割になります。額があることで、その作品は”ここからここまで”なんだということが直感的に理解できる。また額それ自体にも相応の価値があり、収められる美術作品によって、展覧者が額縁を選りすぐる。

でもデジタルアートなどの現代美術においては、もはやそれは必然ではありません。更に今後は、メディアが質量を失っていく。それはつまり、ホログラムなどによって、空間に”媒介を必要とせずに”情報が投影される。このような時代には境界は成り立たないかもしれない。

これはアートに限った話ではなく、例えば国と国の境目、”国境”にも通じるものがある。民族が生まれ、社会が成立し、規範によって整頓され、政治的・文化的背景などの下に、国境というものが作られた。

平たく言えば、グローバル化に近いです。国境というものを、あまり固執して考えなくても問題ない時代になるかもしれない。

ちょっとこれは妄想的でもありますが、紙の地図はなくなって、常に国境線(のようなもの)がリアルタイムで変動していく。それは各国の情勢によってフラクチュエイトする為替のように。「あ、アメリカがちょっと南に広がった」とか、そういうことになるかも。

ゴミ箱のおはなし。

ここからは僕の日常のおはなし。

僕の家のリビングには、部屋の中央の辺りにゴミ箱が一つ置いてある。

それに対して、ティッシュ箱は二つ。一つは食卓の上。もう一つはテレビの近くのローテーブルの上。

ローテーブルの上の方のティッシュで鼻をかむ。

ゴミ箱までは大体2〜3メートルといったところ。でも僕は今こたつに入っているので、なかなか手も届きそうにない。

「丸めたティッシュをゴミ箱に投げて入れる遊び」をやる。

外れた。

床に転がった鼻かみティッシュ。ここでふと思った。

「あれ、これ、入ってんじゃね?」

ゴミ箱には二つのタイプがある。蓋があるものと、そうでないもの。

僕が今ターゲットにしていたのは、蓋のないタイプのゴミ箱。

蓋がない。じゃあ、”どこからどこまで”がゴミ箱なんだろう。

「もしかして、この空間も全部ゴミ箱なのかな?」

その瞬間、床に落ちている鼻かみティッシュを、僕はそのままにした。

境界線って何だろう?

私たちは無意識のうちに、様々な境界線を認識して、区別しています。それは必ずしも物理的に目に見えるものだけではありません。

5人の人間が横一列に並んだ時、3人目と4人目の間に少し間があれば、私たちは無意識のうちに、3人のグループと2人のグループを意識する。

これはあまりにも無意識に行われているために、改めて考えてみると、ものすごい違和感を感じる。

人間は空気を読むことがとても上手である。明確な線引きがなくても、物事をある程度一般化したり、類別化したりして処理していく。このプロセスを考えることは、コンピュータの認識能力の向上のためにはとても重要なことです。

まとめ

どうでしょうか。ゴミ箱の話なんかは、割と身近で考えやすいきっかけだったと思います。人間の認知能力はかなり優れているんだということを、改めて実感する機会になれば幸いです。

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リア充ってもはやSNSが無いと成立しないかも…てかリア充って何?

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ホントは勉強したりしなきゃいけないんだけど、ついつい見ちゃうTwitter

そしてそこには「彼女とデートに行きました婉曲アピール」みたいなリア充的な投稿がいっぱいあって、羨ましいなあ、とかなるんですよね。

もしくはLINEもそうですけど、今回の話は特にTwitterに関係するかな。というのも今日は僕の体験談なんですけど、もしかしたら同じ経験したことある人いるかも。

SNSを媒介とした羨望

紙で日記をつけてる人って今ではかなり少ないと思いますが、「今日は◯◯をした」っていうデイログとか、それに近いことはほとんどの人がTwitterを通してやっていると思います。

で、例えば彼氏・彼女とデートに行った話って、普段の会話の中でするとちょっと鼻についちゃったり、そもそもそういう話をしづらかったりする。

でもTwitterなら、割りと気兼ねなく簡単に投稿しちゃうと思うんです。

結果的に、「羨ましさ」っていうのはほとんどインターネット上で生まれる。リアルな会話で聞くよりも、SNS上の方がよっぽど沢山の情報が載っているから。

「うわー水族館行ったんだ」とか「誕生日祝ってんなあ」とか。その話を次回に本人に会った時に掘り下げることはあるとしても、まずSNSを見た時点で、一度は羨望が発生しているはず。

ローカルな記憶は足が短い

めっちゃ比喩っぽくそれっぽい見出しにしましたけど要は、SNS上の羨望の対象になるような写真を、自分のフォルダに保存して見てみるとそうでもない」っていう状態になるんです。

ちょっとイケてる系の女子グループとか大体は一つの学年に一個か二個はあると思うんですけど、そういう人たちが、食事に行った風景をSNSにアップしたとする。

その写真を見て僕は、「うわー楽しそうだな」とか「青春だなー」とか思うわけです。

で、この感情っていうのは、意外と何回見てもそんなに変わらない。そのアカウントにはその投稿がずっと残っているわけですから何回でも見れますよね。でも何回見ても羨ましさっていうのはあんまり変わらないんです。

ただ、この写真を一度自分のフォルダに保存すると事態が急変します。

保存した写真を眺めた時こんな感情が芽生えました。

「あれ、さっきのうらやましかった感じはどこいったんだろ」って。

ローカルフォルダに保存した途端にその写真の持つリア充度が急降下したんです。なんか急に”そうでもない感”が出てきた。

で自分なりにこの理由を考えてみたわけです。

流れの中にあってこそ価値が生まれる

SNS上にはその人のそれまでの生活の概観が表れています。たとえば現在彼氏がいるとしたら、彼氏ができる前の生活もそこに書き記されているんです。

このような一連の流れの中にあってこそ、羨望の対象になるような写真は、それ自体でありうるんだと思います。

つまりそのひとの”そうでもない(平坦な)日常”も書かれている中に、不意に幸せ度の高い投稿が現れる。その突然・意外性が羨望につながっているんだと思います。

でもそれをローカルフォルダに保存してしまったら?流れは見えなくなり、ただその投稿だけが目につく。

つまりその投稿が”相対的に”どれほど幸せだったのかがわからなくなってしまう。

このような理由から、僕の体験が生まれたんだと思います。

インターネットを介してでしか会話できない

私たちはもはや、インターネットを介してしかコミュニケーションできないのかもしれません。多少言いすぎな気もしなくはないですが、でも原理的にはそれに近い状態にあります。

たとえば先にも例に挙げたように、私たちの会話のよくあるきっかけの一つに、「それまでのSNSの投稿を掘り下げる」というものがあると思います。

これも間接的には、インターネット無くしては成り立たない構図です。

僕の持っているイメージとしては、パラレルワールドがインターネット上に出来上がる」というものです。

ありとあらゆるものがデジタルに置き換えられて、やがて私たちはインターネット上で、あるいは仮想空間で生活していくのかもしれない。

私たちが現在この現実世界で扱っているうちのほぼすべてのモノがデータになってインターネット上でも同じように、あるいはもっとスマートに扱われる。つまりそこには現実と同じような世界がもう一つ存在することになる。

生存のための最低限の食事や睡眠を確保して、あとは仮想空間で生活しようと思えば出来なくはありません。

リア充って何?(おまけ)

現代美術家会田誠さんが以前ツイッターでこんな投稿をしていました。

リア充という言葉を再定義しようと試みている。投げやりな言い方をすると、アーティストっぽい切り口のアセスメントですよね。

会田誠さんが定義しようとしていることは、僕がさっき言った時代の流れとは対立するもののような気がします。リアルワールドが充実しすぎていて、仮想世界に接続する暇がなかった。

でも僕はもはや仮想世界を通じてしか羨望を持てない人間になりつつあるので(少なくとも僕個人としては)この会田誠さんの意味での”リア充”は使う機会がなさそうです。

ではまた。

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